音読

たぶん週刊ランラン子育て帖

どもんらんってどんな人?

2012年の1月、音読編集部のもとに赤ん坊が生まれました。名前はれんたろう。「にゃあ」というなき声がチャームポイントの男の子。新米ママ土門、今日も子育てがんばります。

なつやすみにっき

蜀咏悄 1

8月9日(土)

れんたろうと新幹線に乗って広島に帰る。

土産物屋で両親へのお土産を買う。

れんたろうに「じいじとばあばにあげるものを選んで」と言うと、

「じいじとばあば?あげりゅの?」とよくわからないふうな顔だ。

「うんうん、プレゼントだよ。はいどうぞ、するの」

れんたろうはわかったようなわからんような顔で店内の中をうろうろ。

そして数秒後、「こでー!こでー!(これー!)」とでかい声をあげて

新幹線の歯ブラシセットを持ってきた。

「しんかんしぇんよー!こでしんかんしぇんよー!」

「うん、そうだね。返しておいで」

「いやー!ちがうちがう!しんかんしぇん買うー!」

(強制終了)

結局、適当に私が選んだストラップを両親に「れんたろうが選んだ」と言ってあげた。

ふたりはえらく喜んでいて、胸が痛んだ。

 

夜、台風直撃。

誰と会う約束もなく、たいそう暇。

買ってきた雑誌や本も読み終えてしまった。

れんたろうは実家にあったバイクのおもちゃにまたがり上機嫌。

私は父とビールを飲み、刺身とうなぎを食べて寝た。

 

8月10日(日)

お墓参りに行く。

私の祖父母のお墓は広島にはないので、近所のおじちゃんのお墓を参る。

近所のおじちゃんは猫を飼っていたので私は「猫のおじちゃん」と呼んでいた。

猫のおじちゃん、おばちゃんは、祖父母を幼いころに全員亡くしていた私にとってのおじいちゃんおばあちゃんだった。ふたりには子供がなかったので、私も両親も本当の子・孫のように可愛がられ、よく預けられたし、遊んでもらった。

猫はかなり前に死んで、猫のおじちゃんは3年前に亡くなった。

れんたろうは会えずじまいだった。

お墓参りで、「こんなに大きくなりましたよ」と報告。

「れん、なむなむして」と言うと、れんたろうは手を合わせて目をつむった。

「れんちゃんです。またねー」とも言った。挨拶ができたのでほめる。

 

猫のおばちゃんは、おじちゃんが亡くなってからすぐにぼけてしまった。

うちの父のこともよくわからなくなったので、家のそうじなどよく世話をしに訪れていた父をある日罵倒して追い出してしまった。いろんな人の悪口を言うようになり、家の中はどんどん汚れて、おばちゃんはやせていった。私が遊びに行くと、「体調が悪いので今日は会えない」とそのたびに言われた。おばちゃんは、私にはいつまでも理性を保とうとしていてくれるようだった。私と会うときにはかろうじて、前のやさしいおばちゃんでいてくれたし、やさしいおばちゃんでいられないのなら会わないことを選んでいるようだった。

おばちゃんは身寄りがないので、去年施設に入った。

「会いにいきたいな」と言うと、はじめ両親は行かないほうがいいと止めたが、それでも行きたいなと言うと、母が連れていってくれた。病院は昔私が住んでいた坂の上の家の、さらに坂道をあがった、車でないと行けないくらい辺鄙なところにあった。

 

受付で名前を言い、関係を尋ねられた。「近所の者です。よくお世話になったので」と言うと、受付の人同士で相談してからようやく中に入れてもられた。施錠されたドアを開けてもらった瞬間に、甘くすえたにおいが強くした。だだっ広い部屋には何人も老人が座ったり歩いたりしていて、それぞれテレビを観たりぼんやりしていた。私たちが入ると、何人かがふらふら近づいてきた。

この中におばちゃんがいるのか、と思った。何だか途方にくれて、すごく寂しいと思った。

 

おばちゃんはすっかりやせて、ひとりで歩くのも難しいようだった。

看護士さんに支えられながらやってきて、落ちくぼんだ目で私たちを見た。

灰色のスウェットの寝巻きをきて、足元ははだしだった。

おむつをあてがわれているらしく、ずぼんの股の部分がもたついていた。

泣いてはいけない、と思ったのに涙がだらだらこぼれた。

「この子のこと、わかる?」と母が言うと

「わかりますよ、もちろんわかりますよ」とおばちゃんが小さな声で言う。

「名前、わかる?」

「名前はね、頭ではわかるのよ、でも言葉が出んのんよ」

「蘭よ、蘭」

「ああ、らんちゃん、らんちゃんだわね」

らんちゃん、らんちゃん、とつぶやく声は、前と全然変わらない。

「もうね、ここがぱーなの。だめなんよ」

と、おばちゃんは頭を指さして言った。

おばちゃんはゆっくりと視線を動かし、れんたろうを見た。

そして「うわあ」と小さく声をあげ

「かわいいねえ、ぼくちゃん。かわいいねえ」

と笑った。

「おはなー」

れんたろうが、おばちゃんの胸元を差して笑った。

「おはなよー。おはなー」

見ると、おばちゃんの胸元には花の刺繍がしてあった。

「ほんとだ、おはなね」

母がぐすぐす泣きながら言う。

「おばちゃん、おじちゃんのお墓、きれいにしたからね」

私が言うと、

「ええ、そうですか。あらあら、そう」

おばちゃんはきょとんとした顔で言った。よくわかっていないようだった。

「また来るからね」

「ええ、ありがとう。ありがとね」

おばちゃんの手は骨ばっていて冷たかった。

 

夜、父にれんたろうを預けて母のスナックに行き、母とふたりでたくさんお酒を飲んだ。

「かなしいね。人間、最後まで悲しいね」

母が言ったので、

「大丈夫大丈夫、私がおる」

と軽い気持ちで言うと母が泣いた。こんなことは軽い気持ちでないと言えないけど、言わないよりはましだ。言えるときに言って、嬉しいときに嬉しくならないと、すぐに人は死んでしまう。

お金だなあ、やっぱり、と私が言い、母が、そうよ、お金よ、と言った。

それからお金の話でひとしきり盛り上がり、楽しくなってきたのでビールをどんどん空け、カラオケをうたいまくった。

9時すぎに帰ったられんたろうはまだおきていて出迎えてくれた。

「ぱぱー!」と言って抱きついてくる。

「ぱぱじゃないよ、ままだよ」と言って抱き返した。

それから風呂に入れ、歯を磨き、ふとんをしいて寝た。

 

8月10日(月)

れんたろうが初めてピースをした。

ぶるぶる震える二本指。

「みてー、に(2)だでー」

 

夕方、バスケ部の子たちとお酒を飲んだ。

そのうちひとりは臨月で、お腹の中には男の赤ちゃんがいる。

なでたら懐かしい質感がした。

「かわいい、すでにかわいいね」

と言ったら、もうすぐママになる子が笑った。

早く抱っこしたいな。元気に生まれておいで。

 

 

2014年8月のアーカイブ

これまでの連載