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スタンド30代

論語に「三十而立」とあるように、孔子は「30歳で独立する」と言いました。
とは言え、きっと最初はうまく歩けないし自信をなくすこともあるだろう30代。
転職、結婚、出産と、覚悟を決めることが多くていろいろ微妙な30代。
でもきっと、その人の思想や哲学が純粋に表に出るだろう30代。
『スタンド30代』とは、そんな今を頑張って生きる30代を、30代になったばかりの土門蘭がインタビューする、「30代がんばっていこうぜ!」という連載です。

書き手:土門蘭プロフィール

【中屋辰平さん】 他人にも自分にも嘘がつけない。だから「尊敬」がある仕事がしたい。

中屋辰平9

 

土門
その後、就活はされていたんですか?
中屋
してたんですけど、全部落ちてしまって。代理店、メーカー、制作会社、どこもだめでしたね。
実力が評価されなかったのもあるけれど、多分、面接での態度があまり良くなかったんだと思うんですよ。なんか、ずっとムカついていて。
土門
「ムカついていた」。
中屋
そう。面接官に対して「お前別にえらくねえだろう!」って思ってたんです。ただ年が上なだけで、えらそうにしているのがすごく嫌だったんです。それが全部顔に出ていたんでしょうね。
土門
それ、さきほど話してくださったお父さんに対する気持ちと似ていますね。年齢や肩書きだけで形成される上下の人間関係ではなく、個人と個人で対等に向かい合いたい、みたいな。
中屋
はい。反抗期がすごく長かったんでしょうね。それでずっとムカついていて。面接官に対しても、おべっかを使ったり絶対したくなかったんですよ。
土門
中屋さんは人をみるときに「嘘つきかどうか」を大事にしているぶん、自分にもそうなんでしょうね。だから、クラスメイトにも面接官にも「嘘」がつけない。本当の事を全部言っちゃう。
中屋
そうなんですよね。嘘をつきたくなさすぎて、人のことを上手に褒められなかったんです。
「うちの会社で気に入っているサービスはありますか」って聞かれても、答えられなかったりとか。
土門
なかったんですね、気に入っているサービスが(笑)。
中屋
そう、ないから答えられない。
「我が社のデザインをリデザインしてください」っていう課題に対しては、「今のデザインだとターゲット層が不明瞭だ」とか普通に言ってしまって、その瞬間にめちゃ嫌な顔されたりとか。代理店でも「誰か好きなクリエイターはいますか」って聞かれて、その会社をやめてしまった人の名前をあげてしまったりとか……。
土門
ああ。
中屋
今思えば、そういうところが嫌がられていたんだろうなと思います。

 

「とんち大会してんじゃねえよ、心ないのかよ」って思ったら、作業できなくなった

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中屋
それで全部落ちて、卒業後2か月ニートみたいな状態だったんですよ。そのとき漫画の『カイジ』と『ウシジマくん』を読んでいたんですけど、だんだんどきどきしてきちゃって……。
土門
(笑)
中屋
えっ、自分こうなっちゃうのかな?みたいな。就活するのはもう嫌だったんですけど、さすがにこの漫画の登場人物みたいにはなりたくねえと思って、あるデザイン会社を受けたんです。社長がひとりだけでやっていた会社なんですけど、ありがたいことにその会社が雇ってくれて。
土門
ハンサムっていうデザイン事務所ですよね。そこには何年いたんですか?
中屋
3年です。とにかくいろんな仕事してましたね。広告会社との仕事が多かったのですが、そのほかにも音楽や映画などのデザインの仕事や、パッケージ、web制作など、ジャンル問わずやらせてもらえました。
土門
そこを辞めて独立されるわけですが、どうして辞めようと思ったんでしょう。
中屋
単純に業務量が多くてきつかったっていうのもあるんですけど、一番は、広告という仕事が全然自分と合わないなと思い始めたからなんです。
土門
え、広告?
中屋
そうなんです。全部が全部では決してないんですが、中にはそもそも商品に魅力がないものを広告しなければならないときがあって。いいと思わないものをいいよねって言って売ることに対する嫌さがすごくて……。「関わっている人たちみんな、本当にこの商品がいいと思っているのかな?」っていう疑念があると、もうだめでしたね。マネーゲームじゃないですけど、お金が循環するための一貫として広告がある、そのとんち大会みたいに思えてきてしまって。空虚にお金だけがくるくる回っている感じなんです。
たとえばコピーライターの人が、紙の真ん中に一個だけコピーを書いて、紙芝居みたいにめくって見せてプレゼンするのを見ながら、「そんな大事に見せんなよ!」って思ったり。
土門
(笑)
中屋
そんな大事に見せてないで箇条書きで羅列せい!みたいな。でもそういうことがお金になるんだなってこともわかるんです。そういう、ハリボテでどんどんでかくしてお城築いているみたいなのが気持ち悪くて。
土門
ああ、なるほど。
中屋
「とんち大会してんじゃねえよ、心ないのかよ」って思ってしまったら、全然作業に身が入らなくなってしまったんです。
楽しい仕事や身になる経験もたくさんさせてもらっていたんですが、そういう仕事が続いちゃった時期があって、精神的にやばくなってしまったんですよね。当時の彼女に「笑わなくなったね」って言われて、「えっ、俺笑わなくなってる!?」ってそこでやっと気づきました。
それから社長を飲みに誘って、「実は自分は広告の仕事が好きではなくて」って言ったんですけど、そしたら「知ってたよ」って言われて……「知ってたんだ!」みたいな。
土門
中屋さん以外は気づいてたんですね(笑)。
中屋
そう。やっぱり、そこでも嘘をつきたくないっていう気持ちがすごくあったんですね。そもそもプロダクトが良くないと広告しても意味がないんです。その点、正直でありたかった。

中屋辰平11

 

土門
以前、中屋さんのnoteを読んだことがあるんですけど、そこに「私はデザイナーという職業で、『ビジュアルの力を活かして良い物や良い人をさらにサポートする』という仕事をしている」と書かれてあったんですよ。
中屋
ああ、あの全然更新してないnote! そうそう、デザインは、縁の下の力持ちですから。
土門
「良くないと思うものはサポートしてもしゃあないのでしない」とも書かれてあったんですけど、それを読んで、これが中屋さんの仕事の考え方なのかなって思ったんですよね。
中屋
そうですね。だからもしプロダクトがめっちゃいいものだったら、広告っていう仕事も全然できます。
土門
そこに嘘がないかどうかが、一番大事なんですね。
中屋
嘘をとにかくつきたくない。ほんとそれだけです。仕事をしたいのは、好きな人、好きなもの、興味があるものだけ。そういうものじゃなければやりたくないっていうか、できないんですよね。
土門
それで独立を。
中屋
そうです、自分で仕事を選べるようにしたいなと思って、26歳で独立しました。

 

「感情が伝わる」デザイン、「尊敬と素直さ」のある仕事

中屋辰平12

 

土門
だけど、個人事業主としてひとりでデザインの仕事をされていたら、「これはいい」とか「これはだめ」とか、自分でジャッジするわけですよね。そういうときに悩んだりはしないですか?
中屋
いや、もうめっちゃ悩みますよ。それがひとりでやっていることの辛いところですよね。全部自分のジャッジだから。
チームで仕事をすると、意見をもらって飛躍するってことがあるじゃないですか。そういうときは、「ああ、やっぱりチームっていいな」って思いますね。
土門
そういう自分の「ジャッジ力」みたいなのを落とさない、あるいは上げるためにやってることってあります?
中屋
それはもうインプットをどれだけするか、ですね。めちゃくちゃにアートブックを買うのもそうですし。いろんなものを見て吸収する。
土門
写真集がすごい好きっておっしゃってましたよね。やはり写真集とか漫画とか、文字よりも絵のほうが入ってきやすいですか。
中屋
そうですね。写真集とか漫画って、いつでも気軽にパッと見て、すぐに気持ちよくなれるじゃないですか。
文字を読むのも好きなんですけど、「さあ今から時間を作って読むぞ」と一回スイッチを入れないとできないんです。でも写真や絵だとぱっと見て、瞬時で「ああいいじゃん」って思えるから好きですね。
土門
ご自身がデザインするときもそういうのは意識したりしますか?
中屋
ああー、そうかも。「わかりやすい」っていうのは大事にしているな。
特にいつも意識しているのは「どういう感情か」が伝わるものを作ろうってことなんですよ。
土門
感情?
中屋
たとえばバーグハンバーグバーグのロゴだったら、「元気」とか「バカ」とか、そういうイメージのカテゴライズを、見る人にしやすくさせる。
土門
パッと見たときにイメージがわくような。
中屋
そう、そのスピードがあるかどうかは、判断基準のひとつとして持ってます。
むかし就活しているとき、デザイナーの巨匠みたいな人に、「君のデザインは感情がよくわからないな」って言われたんですよね。「たとえばベートーベンの『運命』聴いたら一瞬でどんな感情だかわかるでしょ?」って。
それ聞いて「あ、本当だ!」って思って。「『運命』を聴いたら、悲しい、重たい、荘厳だっていうようなイメージがすぐ伝わってくるよな」って。それがデザインにもなくちゃいけないんだよって言われたんです。それってつまり、感情を伝えることなんですよね。
土門
なるほど。……中屋さん、反抗期でも素直なところがあったんですね。
中屋
基本はめちゃ素直ですよ(笑)。納得したらすぐに言うこと聞いちゃう。
多分もともと信じやすくて騙されやすい性格なんでしょうね。だから、連絡網詐欺事件以来、疑ってかかるようにしてたんじゃないかな。服従しやすいタイプだから、心を開いていいのか常に疑ってるのかもしれないです。
 
本当のところ、自分の仕事で大事にしているのは「尊敬」と「素直さ」なんですよ。
どっちか片一方じゃなくて、お互いに尊敬の気持ちがあれば、「これはよくないと思いますよ」って本音を言える。それって、「この人のこういうところはいいからこそ言える」って部分あるじゃないですか。逆に、自分に無茶なお題や修正が来た場合にも、この人が言うんだったらしょうがないなって、気持ちよく無理できたりする。
その「尊敬」と「素直さ」をもって接すれば、相手も自分のことを疑ってこないと思うんです。この人は自分にたいしてちゃんと喋ってるなってわかってもらえると思うから。

 

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土門
中屋さんの美意識って、「他人にも自分にも嘘をつきたくない」って気持ちに支えられているのかもしれないですね。多分それが伝わるから、みんな真剣に中屋さんの話を聞きたいって思うのかもしれないです。わたしも含め。
中屋
そうなのかな……。
ああ、でも今回の展示の話をすると、作品を説明するための冊子をつけたんですよ。絵を見て、「へえ、なんかかっこいいね」ってなんとなくで終わって、理解されないまま帰られちゃうのが嫌だったので。
土門
あ、本当だ。この冊子、ひとつひとつの作品の背景が詳しく書かれていますね。これ読んでから見てまわったら、もっとおもしろそう。
中屋
こういう冊子を作るのって、アーティストはあまりやらないと思うんです。アーティストが自分の作品の説明をするってダサいことだって言って。
だけど自分は、かっこつけてわからないでいられるよりも、ダサくてもいいからわかってほしいんですよね。ちゃんと伝えて、ちゃんと知ってほしい。その上で反応をもらえるときが、一番嬉しいなって思います。

 

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最後に、中屋さんの展示をもう一度見て回った。

 

冊子に書かれている文章を読んだり中屋さんの説明を聞いたあとで、改めて作品を見てみると、さっき見たときには実はよくわかっていなかったんだな、ということに気づいてしまった。
自分がわかっていないのにわかったふりをしていたのだと知り、少し恥ずかしく思う。
中屋さんだったら「よくわからない」って、正直に言っただろうか?
そんなことを考えながら、冊子を手に、改めてじっくりと作品を見た。

 

「かっこつけてわからないでいられるよりも、ダサくてもいいからわかってほしいんですよね」

 

『中屋辰平 三途 / 三〇 図案解説』と書かれた冊子は、中にびっしりと文字が並んでいる。惜しみなく、かっこつけず、ダサくてもいいからわかってもらうために。

 

嘘をつけなかった少年は、やっぱり嘘をつけないままに、30代をスタートする。

 

 

■中屋さんの一冊

そこにすわろうとおもう』大橋仁 著(赤々舎)

 

そこにすわろうとおもう

 

これは、人生を変えられた写真集ですね。A3サイズのすごい分厚い写真集で、中は全部乱交写真なんです。23000円くらいするんですけど、Webで一目見てすぐ「これは買わないと損するな」って直感で買いました。見たら案の定、意味わからない。見たことないもの見せられたなって。
それで「やべえ!」って言ってたら、シェアオフィスで一緒だった人とかも「何これすごいね」って集まってきたんですよ。そのうち、全然関係ない会社の人も、この写真集を見るためにうちのオフィスまで来たりするようになって。見たことないものを見たいという動機だけで、これまでアートに興味のなかった人も足を運んでくる。その惹きつける力ってすげえなって思って。そのときに、アートとか写真集とかそういうものを買うタンクの穴が破れたんですよね。そっからどかどか、貯金もなくなってしまうくらい、欲しいと思うものを買っちゃうようになりました。
それまではアートとかよくわからないと思っていたけれど、作品の力だけでこんなに人を動かせることができるんだって知った経験でしたね。(中屋)

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これまでの連載

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