音読

たぶん日刊ランラン子育て帖

どもんらんってどんな人?

今年の1月、音読編集部のもとに赤ん坊が生まれました。名前はれんたろう。「にゃあ」というなき声がチャームポイントの男の子。新米ママ土門、今日も子育てがんばります。

よくない日の願いごと

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子育てをしていていちばんしんどいときって何かなと考えていたのだけど、昔は「夜眠れないこと」だった。
次男の朔太郎がもうすぐ3歳になるので、最近ようやく夜泣きもなくなり朝まで眠れるようになったけれど、前まではそれがダントツでしんどいことだった。

それがなくなったのと引き換えに、今は長男の廉太郎とのことで参っている。今は「自分が怒りすぎてしまうこと」がいちばんしんどい。

子育てで悩みがなくなる日なんて来ないのかもしれない。

 

 

きのうはよくない日だった。

廉太郎は今小学2年生で、放課後には学童に通っている。仕事を終えたあと、18時半に彼を迎えに行くのだけど、きのうもいつもと同様、片付けはしていないわ、靴下も帽子も学校に忘れているわ、宿題はしていないわで、まずそこでひと怒りした。

帰ってからすぐテレビをつけようとするので、「まずは手洗いうがい、それから宿題でしょう」と、もう何百回言ったかしれないことを言い、返事をしないので「返事はー?」と聞き、「最近返事もしよらんね」とひとりぶつくさ言う。この時点でだいぶ落ち込んでいた。自分がお小言ばかり多い不機嫌な女のように思えてくる。そしてその通りなのだ。残念ながら。

 

保育園に朔太郎を迎えに行き、そのあいだ廉太郎は留守番。

朔太郎を連れて帰ってきたら、廉太郎はぼんやりと鉛筆をかじっていたり、ものさしで消しゴムを削っていたりする。消しゴムはいくら新しいものをあげてもすぐにだめにしてしまう。この間も、新しいものさしをすぐになくしてしまった。鉛筆は噛み跡でボロボロ。筆箱も数カ所壊れている。もちろん宿題は終わっていない。

目の前に座って、やりかけの3けたの筆算のプリントを見る。

名前も書いていないし、消しあとが残った数字は何て書いてあるのかわからない。
とにかく前に進ませようと思い、

「ほら、1の位から引くんだよ。2-6は、できないでしょう。だから、10の位から借りてくるの」
と言うと、

「あああもういやだいやだいやだ、宿題なんてやりたくない」
と言い出した。
いつもこうだ。いやならとっとと終わらせるか、やめるかすればいいのに。そう思って、わたしはうんざりする。

「文句言わずに手を動かしなさい。動かしたら動かしただけ早くすむんだから」

「いやだいやだいやだ」

「じゃあやらなかったらいいじゃん」

「やらないことなんて、できないの!」
「どうして」
「先生に怒られるもん」

「怒られるのがこわいんなら、黙ってやりな」

「いやだいやだいやだ!」

「もう、うるさい!!」

 

廉太郎の声よりも大きな声でそう言うと、わたしは席を立ち、もろもろの家事に取りかかった。わたしにだって仕事があるのだ。がたがた文句ばかり言っているやつの相手をしている時間はない。

洗濯物を畳んでいたら、朔太郎が背後に着て、ぎゅっと抱きついてきた。「ママー、だこちてー」と言う。

かわいい。かわいいので抱っこすると、廉太郎が恨めしそうに見ていた。目が合うと、ぶすっとした顔でうつむいて、また鉛筆を噛む。

「鉛筆噛まないの」

心がちくちくしながらも、責めるような言葉しか出てこない。そんな自分がほとほといやになった。

 

 

夕飯の時間になっても、廉太郎は宿題を終わらせていない。

「先に食べてあとでやりなよ」と言うと、「できるまで食べない」と言う。

「じゃあ向こうでやりなよ」

「ここでやりたいの」

「いや、今からここでご飯食べるから」

「ここでやりたいの!」

「わたしがいやなの!」

「ここでやりたいの!」

「しつこい! 向こうでやりなって!」

言い合いをしながら、なんなんだろうなあ、と思う。

すごくどうでもいいことだ。宿題をしようがしまいが、ご飯を食べようが食べまいが、そんなの本当にどっちでもいい。来週になれば忘れている。そんな瑣末なことで、どうして今わたしたちは言い合いしているんだろう? どうしてわたしはこんなに怒っているんだろう? どうして目の前の子供が、憎たらしくてしかたがないんだろう? 

 

廉太郎は、宿題を床にばらまき、ご飯を不機嫌な顔でもそもそと食べている。

ああ、うまくいかないな、と思った。一所懸命やればやるほど、うまくいかない。どうしてだろう、とまた思った。どうしてこの子は、わたしの気持ちをわかってくれないんだろう。どうしてこの子は、何度言っても変わってくれないんだろう。

急に悲しくなった。そしてわたしはついうっかり、「もう大嫌い」と言ってしまったのだった。

 

廉太郎と離れた場所で口に出したので、聴こえていたかどうかはわからない。どちらにしろ、「大嫌い」だと言ってしまった自分にとてもショックを受けた。言ってはいけないことを言ってしまった、と思った。だけど前言撤回をすることもできず、ごまかすこともできず、逃げるようにお風呂に入り、それから二階に上がった。

 

悲しくて情けなくて、ボロボロ涙が出た。彼がなぜ変わらないのかはわかっている。まだ「できない」からだ。鉛筆を噛むな、持ち物をなくすな、宿題をやりなさい、ご飯を食べるときは肘をつかないで。子供なんだから、言われてすぐできるわけじゃない。それを、わたしが自分の都合に合わせて、期待ばかり大きくして、「すぐにできなくちゃ困るじゃないの」「真面目に聞いていないからでしょう」と怒っているだけなのだ。

 

そんなことはわかっている。わたしが悪いのはわかっている。

それでもやっぱり、しんどいものはしんどい。

 

絵本やおもちゃが散らばっている寝室で仰向けになりながら、廉太郎も朔太郎もわたし以外の人の子供だったらよかったんだろうなあ、と思った。もっと優しくて、もっと料理が上手で、もっと遊んでくれる、子供のことを絶対に「大嫌い」なんて言わない、そういう人のもとに生まれたらよかったのに。

 

どうしようもなくてひとりでしくしく泣いていたら、朔太郎がやってきて、「えんえんしてるの?」と顔を覗き込んできた。そしてティッシュを引っこ抜きわたしの顔に押し当てながら、「はい、ぼーぼ」と言う。朔太郎は「どうぞ」がまだうまく言えない。「ありがとう」と言って、もらったティッシュで鼻をかんだ。

 

ふて寝をしていたら、今度は廉太郎がやってきた。

「お母さん」

と後ろから呼びかけてくる。

わたしは心臓がぎゅっとなったが、タオルケットにくるまって寝たふりをした。

「寝てるのか」

と言って、廉太郎は隣のベッドに入ってきた。

廉太郎は、わたしを無理に起こそうとしない。寝ているとなれば、そっと寝かしておいてくれる。いつもそうだ。廉太郎は、わたしに何かを要求しない。あれをしろ、これをするなと、要求するのはいつもわたしばっかりだ。

 

悲しくなってまた泣いた。

廉太郎も朔太郎も、もっと優しい人のもとに生まれたらよかったのに。こんなに優しい子たちなのに。

でももう、わたしのもとに生まれてしまったのだから、しかたがない。わたしが優しくなるしかない。

 

明日はもっと優しくなれたらいいな。

廉太郎と朔太郎の寝息を聞きながら、そんなことを思った。
子供を産んでから、ずっとその願いごとばかりしているような気がする。

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