音読

たぶん週刊ランラン子育て帖

どもんらんってどんな人?

2012年の1月、音読編集部のもとに赤ん坊が生まれました。名前はれんたろう。「にゃあ」というなき声がチャームポイントの男の子。新米ママ土門、今日も子育てがんばります。

すくすく

蜀咏悄 (2)

(↑おさがりでいただいた毛糸の上着を見て

れんたろうは「おしゃれー」と言っていた。

初めておしゃれと言ったのでびっくりした。)

 

 

れんたろうを保育園に迎えに行って、

彼と目が合う瞬間にいつも不思議な気分になる。

それまでれんたろうは私のことなど忘れているかのようで、

目が合って初めて思い出したような顔をしている。

私は私で、目が悪いので大勢の子供の中かられんたろうを探すのに

少し時間がかかるんだけど、子供たちの中にれんたろうを見つけると

卒業文集に自分の作文を見つけたみたいな、照れくさいような気分になる。

でもれんたろうは作文じゃないし、私とは別のひとりの人間だ。

だから彼は私を見て「あーそういやママがいたな」って顔をする。

そういうのって少し寂しいけど、すごく安心する。

 

保育園に預けてから私はだいぶ子離れが進んだように思う。

まだ生まれて2年しかたってないけど。

保育園に預ける前は、

「3歳までは私の手で育てたほうがいいんじゃない?」

「ごはんを食べたり、トイレで用を足したりという、

基本的なことを教えるのを他人に任せるのはいけないことなんじゃない?」

ってきりきり思ってたけど、今は

「いろんな人に教えてもらったほうが偏らなくていい。楽だし」

と思う。楽は大事だ。

 

れんたろうにはいろんな人に会ってほしいし、

いろんなもの食べてほしいし、いろんなことしてほしい。

私や夫だけでは体験させられないようなことが山ほどある。

れんたろうには私よりもずっとずっといろんなことを知ってほしい。

何でもいい、わけではないが

好きになれるものたくさん見つけてほしい。

それらが生きてくのを助けてくれる。

好きなものをたくさん持ってる人はそれだけで強い。

だから、私よりもずっといろんなことを味わってほしい。

 

と、ここまで書いて、自分は自分の母親と同じことを言っているな、

と気づいた。

 

母親は私が読書好きであることをとても喜んでいた。

彼女は、「自分は学がないから何も教えてやれない。

だから本を読んでいっぱい勉強しろ」と言った。

 

私はまた読書をしだした。

小説や漫画や、ノンフィクションやエッセイや、書評や新聞や雑誌やいろいろ。

前よりもずっと読書時間は少なくなったけど、

夜、れんたろうと布団に入ってごろごろしながら読んでる。

 

れんたろうがすくすく育つことを望むように、

私がすくすく育つことを望んでいた、あるいは今も望んでいる人がいるんだと

無意識に思ったのかもしれないけど、何となく最近ずっといろんな本を読んでる。

 

れんたろうが新しい歌をおぼえ、

新しい味をおぼえ、新しい言葉をおぼえるように、

私にもまだ未知の地がたくさんある。

 

れんたろうに負けないくらい、好きなものを増やしていきたい。

 

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