音読

たぶん週刊ランラン子育て帖

どもんらんってどんな人?

2012年の1月、音読編集部のもとに赤ん坊が生まれました。名前はれんたろう。「にゃあ」というなき声がチャームポイントの男の子。新米ママ土門、今日も子育てがんばります。

母のこと

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母は、わたしが小学生のときにスナックを開いた。
広島県呉市のれんが通りというさびれた歓楽街。その中で何度か引越しをしながら、確かもう開店して25年くらいになると思う。今はカウンターだけの小さな物件を買い、そこで人も雇わずひとりで毎晩働いている。母は、もうすぐ70歳になる。

 

わたしが幼い頃から、仕事ばかりしている人だった。夜2,3時くらいに帰ってくるので朝が遅く、わたしが起き出したときには彼女はまだ寝ている。それで学校から帰ってきたときには仕事に出かけているので、常にすれ違いの生活。盆暮れ正月も関係なく、ほぼ年中無休で働いていた。

 

誕生日に「休んでほしい」と言ったことがある。お母さんと過ごしたいから、誕生日くらい休んでほしいと。わたしは8月16日生まれなので、「お店、お盆休みにしたらいいじゃん」という提案もしたような気がする。だけど母は休まなかった。「家にいても金は入ってこんじゃろう」と言って。
単純に、貧乏だったのだ。だから働かないといけなかった。そして母は、休むのが怖かったんだと思う。休んでいるうちにお客さんが来たらどうしようと気が気ではなく休んでいられない。娘を食わせて学校にやるためには、自分ががんばらないといけない。父とは離婚はしていないけど別居はしていて、まったくあてにしていないようだった。「お母さんが働かんと誰があんたを食わせるんね」というのが口癖だった。
毎年、誕生日の翌日には、お客さんがくれた大きなホールケーキが2つ3つ冷蔵庫に入っていた。もちろん、食べきれるわけがない。一個でいいのになあ、と思いながら朝ごはんのかわりにひとりで食べた。今でもそのときのことを覚えている。

 

 

 

このあいだ、『経営者の孤独。』という本を出した。母はすぐに「店で売るから買い切りで10冊送って」と言った。飲みに来たお客さんが買ってくれたり、常連の社長が「知り合いに配るけえ10冊くれ」と言ってまとめ買いしてくれたりして、1か月も経たないうちに60冊くらい売ってくれている。
母は追加を注文するたびに、
「お母さん、いっぱい売ってえらいじゃろう」
と言う。
ありがとう、と言うと、
「あんたの力になりたいんよね」
と電話の向こうで笑った。

 

 

母は、毎日電話をかけてくる。
LINEのテレビ通話でかけてきては「孫の顔を見せろ」とか「仕事ばかりしていないか」とか言う。この「仕事ばかりしていないか」という言葉が、実はちょっとストレスで、ときどき居留守を使うことがある。そうするともっといっぱいかかってくるので、根負けして結局出るのだけど。
「何かあったんかと心配するでしょうが」
「あーごめん、仕事しよった」「あーごめん、外じゃった」などと言い訳すると、
「仕事ばかりしちゃあだめよ。ちゃんと子供のそばにおらんと。あの子らのお母さんは、あんたしかおらんのじゃけえ」
と言う。毎回毎回。
それが、実はちょっとストレスなのだ。

 

 

先日、締め切り間際なのに原稿が全然書けなくて、精神的に参っていたときがあった。そんなときに母から電話があって、ずっと居留守を使っていたのだけど、LINEで「どうしたん」「心配しよるよ」「なんかあったんね」とメッセージが来るので、ようやく電話に出た。
「仕事ばっかりしよるんね」
とまた言う。

「うん」とか「別に」とか生返事していると、
「本を出すんはええけど、子供のことちゃんと見んとだめじゃろう」
と言われた。
わたしはその言葉を聞いて、ついかちんと来てしまった。それでいつもなら流し聞きするところを、
「お母さんもそうだったじゃん」
と言い返してしまった。
「あたしが何遍休んでって頼んでも、全然休んでくれんかったじゃん。仕事ばっかりしようたじゃん。なのになんでそんなこと言うん?」
自分でも、自分の言葉にびっくりした。母のほうは突然食いつかれて、もっとびっくりしたと思う。
「なんでそんなこと言うんね」
と、母はわたしと同じことを言った。
「そんなこと言われたら、お母さん何も言えんじゃろう」
そして、そう小さな声で言って、ぷつっと電話を切ってしまった。

 

ああ、傷つけてしまったな、と思った。
多分今頃泣いているんだろう。母は強がりなのに泣き虫なのだ、昔から。
気持ちを落ち着けてから、
「ごめん。泣いてる?」
とLINEを送った。
すると「お母さんもごめんね」とすぐに返ってきた。
「体無理せずに頑張ってね」

 

 

母はもしかしたら、後悔しているのかもしれない。

仕事仕事ばかりで、娘との時間をほとんどとらなかったこと。そばにいてほしいと思われているときに、いてやらなかったこと。

「仕事ばかりしちゃあだめよ。ちゃんと子供のそばにおらんと。あの子らのお母さんは、あんたしかおらんのじゃけえ」
その言葉は、本当はかつての自分に言いたかったことなのかもしれない。
そう思うと、複雑な気分だった。母はわたしに、繰り返してほしくないのだろう。自分のしてきたことを。

 

 

このあいだ、また母から電話があって、
「お客さんがあんたと話したい言うけえ代わるわ。ちょっと挨拶して」
と言われた。
「もしもし」と言うと、「ああ、蘭ちゃんね。久しぶりじゃのう」と言う。酔っ払ったおじさんの声だが、名前も言わないので、「久しぶり」と言われても誰なのかわからなかった。
おじさんが構わずに、

「あんたあ、ようがんばったな。本出したん、えらかったな。わしも一冊買ったで」
と言う。
「ありがとうございます」
すると彼は「あのなあ」と笑いながら言った。
「ママな、蘭ちゃんの自慢ばっかりしようるわ。ええ娘に育ったいうて、ずーっとそればっかり言いよるんで。じゃけど、蘭ちゃんもがんばったけど、ママもようがんばったよな。ようここまで育てあげたよな」

わたしは「そうですね」と返した。
そしてもう一度、「ありがとうございます」と言った。

母のことを褒めてくれる人がいて本当によかった、と思いながら。

母はお客さんから電話を返してもらうと「じゃあまたね」と恥ずかしそうに言って、すぐに切った。

 

 

今年ももうすぐ誕生日が来る。
次は34歳。母がわたしを妊娠した年齢に、やっと追いついた。

 

「仕事ばかりしちゃあだめよ。ちゃんと子供のそばにおらんと。あの子らのお母さんは、あんたしかおらんのじゃけえ」

 

あのとき、わたしはもしかしたら、褒めてほしかったのかもしれない。
母に「ようがんばっとるね」と、言ってほしかったのかもしれない。
母と同じように、仕事をしながら子供を育てているわたしのことを。

 

もう34になるのに、もうお母さんなのにと、自分のことをおかしく思う。

わたしの母もまた、彼女しかいないのだ。

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