音読

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第65週 アイデンティティソングの話 | あおぞら / 椎名林檎

喫茶店でコーヒーを飲んでいるときに、友人がiPhoneを見つめて「うーん」と唸っていたのでどうしたのか尋ねたら、あなたのアイデンティティソングは何かという質問をされたのだ、と言った。アイデンティティソング。彼はボブ・ディランと答えたんだったか、それともビリー・ジョエルだったかな? ちょっと覚えていない。
そのとき、アイデンティティソングというのに少しひっかかって、コーヒーを飲みながらぼんやり考えた。他者の作品に依る自我というのは妙な気がして。
でもよく考えると、依るのではないのかもしれない、と思った。依るのではなく、内包する感じかもしれない。自分のなかに、その歌を見つける感じ。

 

本を読んでいるとき、「これは自分の物語だ」と思うときがある。自分のなかに手を突っ込まれて、核のようなものを引き抜かれて、ほら、と見せられた感じ。数年に一度そういう作品に出会って、そのたびわたしはびっくりする。ここにあったのか!と思う。
エドワード・ホッパーに『海辺の部屋』という絵があって、初めて見たのは中学のときだったのだけど、そのときわたしは「あ!」と声をあげそうになった。ここにわたしの部屋があったと思ったのだ。それがどこの国で描かれたものなのか、いつくらいの作品なのかも知らないのに。でも、20年近くたった今でも、この絵を見るたびに「わたしの部屋だ」と思ってしまう。

 

初めて椎名林檎の『あおぞら』を聴いたときにも、これはわたしの歌だ、と思ったし、今でも思う。片付いた部屋でひとりでジャニス・イアンを聴いているのも、曇り窓の外を見ているのも自分なのだと思う。これは椎名林檎が高2のときに友達のためにつくった曲で、わたしもそのくらいのときに聴いた。

 

この曲にはふたつの教訓があって、それは「この世でいちばん輝いている人は努力している」ということと「本当の自分に正直で飾らないあたしで良いのだ」という、とても単純なことなのだけど、人生において忘れてはいけない大事なことをふたつ選べと言われたら、わたしにとってはこのふたつなような気がする。だからうたわれてしまってびっくりしたし、自分にとって大事なことはこの曲に詰まっていると思った。

 

そして、何より「あたし」は「君」に対し敬意や愛を込めてうたっているのに完璧なまでに孤独で、だからわたしはこの曲を聴くと冷水をかぶったような気持ちになって泣きそうになる。でもそのあと、すぐにぽかぽかとするのだ。それは温室では感じられない血のめぐりだ。

 

エドワード・ホッパーも、部屋のなかにいる人物の絵を繰り返し描いた。描かれる彼らはみなことごとく孤独な顔をしている。
彼の絵は「不安」とか「憂鬱」とか表現されることもあるけれど、わたしはホッパーの絵を見ると、心のピントが合う気分になる。ぼんやりしているよりも、くっきりしているもののほうが安心する。わたしは温室より、やっぱり海辺の部屋にいたいなあと思う。ドアを開けるとすぐそこが深い海で、呑まれてしまいそうな部屋だけれども。

 

(文・土門蘭)

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