音読

たぶん週刊ランラン子育て帖

どもんらんってどんな人?

2012年の1月、音読編集部のもとに赤ん坊が生まれました。名前はれんたろう。「にゃあ」というなき声がチャームポイントの男の子。新米ママ土門、今日も子育てがんばります。

ひとりっ子考

蜀咏悄

このあいだワンピース姿でれんたろうと歩いていたときのこと。

風が吹いたのでおなかがすーすーするなと

おなかをさすっていたら近所の方に

「あら、二人目?」と訊かれた。

また違うある日、友人がうちに来たときにも同じワンピを着ていたら、

「二人目できたの?」と訊かれた。

別にマタニティワンピではないのですが。

もはやワンピを着ているだけで妊婦と思われる年齢になったのだなあ…

と、れんたろうがおむつをはずしたとたんにおしっこを飛ばすのをぼんやり眺める。

 

れんたろうも1歳半を過ぎたので、

まわりから見たら第二の出産期なのかもしれない。

ママ友達にも二人目がお腹の中にいる人が数人いる。

私自身もよく二人目はどうするのって言われるし、まあそれなりに考えてもいる。

 

ところで私自身はひとりっ子である。

両親と私だけの三人家族、いわゆる核家族で育った。

なかなか子供ができない二人の間にやっと生まれた子であったので、

それはもう可愛がられた。

写真を腐るほど撮られたし、貧乏なくせに服もすべてブランド物だった。

そしてとても閉鎖的だった。

祖父母は物心ついたときには四人とも亡くなっていたので、

おじいちゃんおばあちゃんの記憶は全然ないし、

しかも両親ふたりともほぼ家出状態で独立して遠い地に住み着いたので、

いとこや叔父叔母ともほとんど交流がなく、

いまだに誰が誰だかよくわかっていない(父は11人兄弟だからというのもある)。

しかも両親は仲が悪かったので、

休みの日には、母か、父か、どちらか一方としか出かけない。

そういう、「自分にはこのふたりしかいないのだ、そしてこのふたりにとっても自分しかいないのだ」という閉鎖的な環境で可愛がられると、子供の不安は増幅する。

今でも覚えているのだけど、

すごく欲しかったテトリスを父親にプレゼントされたときに、

私は怖くなって大泣きをした。

そのころテトリスは売り切れ続出でなかなか買えなかったのに、

父が仕事帰りにすごく嬉しそうな顔でそれを持って帰ってきたのだ。

今ならなぜそこで泣いたのかがわかる。

愛が重たかったのだ。

ひとりっ子に訊きたい。そんなことありませんでしたか?

 

親からの愛を分け合う仲間がずっと欲しかった。

長い子供時代を一緒に戦いぬく仲間が欲しかった。

別に仲良しでなくてもいいから、

隣で自分と一緒に悶々としていてほしかった。

本当にさびしかった。

 

昔はその気持ちをなかなかわかってもらえなかった。

「いいじゃん、ひとりっ子~全部独り占めできるじゃん」

と言われて、

「やっぱりわがままだね」と、ないものねだりの烙印まで押されたこともある。

その「やっぱりわがまま」ってよく言われるけど何?偏見?一般常識?

そこで怒ったらまたわがままって言われるので、黙るしかないこの不条理。

むしろ、腹を割って話せるというか、ないがしろにできるというか、

そういう思い切りけんかのできる同世代の子供がいなかったので、

人との距離をとりすぎてしまうというか、

距離のとり方がいまいちわからないというか、

まあとにかく結構鬱憤を溜め込んでいたように思うんだが。

 

でももうこの年になると、

ひとりっ子の悩ましさがわかってもらえる。

介護の問題が出てくるからだ。

誰が面倒を見るかとか、お金のことだけじゃなくて、

親の変化を一緒に受け止めていける人がいるっていうのはすごく救いだと思う。

 

だけど、ひとりっ子でよかったと思うことももちろんある。

それは「比べられなかったこと」だ。

家の中で絶対的な存在だった私は、

自分の存在意義を疑うことなく育った。

私はどんなときでもオンリーワンの存在であるために、

別に何をしていようが親から見放されることはないとたかをくくっていた。

そしてその通りだった。

それが愛の重みを一身に受けることで、得ることのできた感覚だと思う。

もうそれは染み付いてしまっているので、

しばしば外でも絶対的な存在として振舞い嫌われることもあるし(あ、これがわがままということですね。すみません)、

比較されるとものすごくストレスを感じて弱かったりする。

絶対に負けたくないからがんばりすぎたり、

あるいは自分がいちばんになれない場所は最初から放棄したり、

比べられないところを好んでそこにずっとつかっていたりする。

 

逆に、親に兄弟と比べられて悲しむ子がまわりにかなり多かった。

私はそれがいまいち体感としてわからないので、

自分がそうしないように気をつけないと、と思う。

二人目が生まれると一人目が可愛く思えなくなる、という悩みはよく聞く。

二人目に比べて一人目がすごく大きく見えるんだそうだ。

そんなこと言われても…だよね、子供のほうは。

冷静にならないと。

 

私としては、できるなら子供は何人か産みたい。

別にれんたろうのためではなく、

単純に「家族が多いこと」に対する憧れが強いのだと思う。

それにやっぱり、

いろんな人がいる中でも自分を持っていられるというのはすごく大事だと思うし、

比べられても「これでいいんだ」って思えられれば怖いものなしだ。

家庭はそれを育むいちばんの場所だと思う。

 

2017年6月のアーカイブ

これまでの連載