音読

たぶん週刊ランラン子育て帖

どもんらんってどんな人?

2012年の1月、音読編集部のもとに赤ん坊が生まれました。名前はれんたろう。「にゃあ」というなき声がチャームポイントの男の子。新米ママ土門、今日も子育てがんばります。

「諦めたところからスタートだよ」

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廉太郎は休校、朔太郎は登園自粛で、3月頃からじわじわと、子供を見ながら仕事をする日が続いている。これがまあ、予想通りなのだけど、大変にしんどい。

 

まず、3歳の朔太郎はひとりで遊べないので、ことあるごとに「おかあしゃーん」と追いかけてきて、まとわりついてくるし、よくぐずる。「今はお仕事中だよ」と言っても納得しないので、テレビでなんとかごまかす毎日だけど、ずっと見せているのはどうなんだ、と思うし、昼ごはんを食べさせお昼寝もさせないといけない。というか、そもそもわたしはひとりじゃないと文章が書けないタイプなのだった。自分に矢印が向かっていると全然書けない。

 

次に廉太郎。彼はもう小3なのでひとりで遊べるし、外出もできる。だからそんなに大変ではないだろう、と思っていたのだけど、「教育機関が動いていない」ことの大変さをだんだんと感じるようになった。宿題のチェック、モチベーションの維持、運動時間の確保、あと給食がないのはやっぱり大変。これまで学校に任せていたものが、全部わたしのところにのしかかってくるようなプレッシャー。気にしないでもいいのだろうけれど、休校が延びるたびに「ちゃんと勉強させないとまずいのでは」と思う。だってもう2か月だもの。あと単純に変更事項があるたびに書類が配られるので、書類がめちゃくちゃ多い。わたしは書類をさばくのが、脂汗が滲むほど苦手なんだ……。

 

そもそもの前提として、仕事がある。
コロナの影響は何より仕事に大きく出ていて、これからどうしていこう?と考えないといけないこともたくさんで、それはそれで、なかなかに大変だ。

 

仕事、育児。このダブルコンボで、四月の末にはほぼダウンしていた。

やっとゴールデンウイークだ、と言っても、どこかに出かけるわけでもないし、特に何も変わらない。

だからと言って、連休中もこの状況を続け、そのまま五月に持ち越すのも芸がないだろう、と思った。

ここで一旦考え方を変えてやり方を変えないと、近いうちに絶対どこかでまたダウンしてしまう。

そう思っていたところ、友人とオンラインで雑談をする機会があった。

それでふと「育児と仕事にずっと追われていて、リラックスできない」という相談をしてみたのだった。

 

「隙あらば仕事をしようとしているのだけど、集中できないし、ただ焦るばっかりで、全然気が休まらなくて」

そんなことを言うと、彼女は「そうだよねえ」と言い、

「そういうときは、時間を決めるといいよ。何時からは仕事しない!って決めちゃうの」

とアドバイスをくれた。

彼女には、高校3年生の娘さんがいて、ワーキングマザーとしての先輩でもあるのだ。

「たとえば、わたしは夜は仕事しないって決めてるんだよね。時間が来たら、そこでおしまい。あとは絶対に仕事しないって決めて、そこからは本を読んだり、お茶を飲んだり、自分がしたいことをする時間にしてるよ」

 

なるほどなあと思い、「休んでいいよって、自分に許可を与えるんですね」と言ったら、彼女は、

「許可じゃなくて、禁止。仕事しちゃだめ!って自分に禁止令を出す。そうじゃないと、仕事しちゃわない?」

と笑った。

 

「そもそも、子供を見ながら仕事するなんて無理だよ。無理無理。もう諦めたほうがいいよ」
そう言われて、わたしは目から鱗が落ちる。そうか、わたしは無理じゃないって思ってたんだ。なんでだか知らないけれど、子供を見ながらでもいつも通り仕事しないとって思ってた。だから常にできない自分を責めていて、リラックスできなかったんだ。できないことが当たり前なのに。

「諦めたところからスタートだよ」

彼女はそんなふうに言って笑った。

それを聞いて、ようやく地に足がついたような気持ちになった。そっか、ここからスタートなんだ。

 

 

だから、連休中は数時間をのぞいてほとんど仕事をしなかった。

仕事しちゃだめ!と自分に禁止令を出したのだ。わたしはもともとばか真面目なところがあるので、禁止令が出ると素直に従ってしまう。その間に人生初のパウンドケーキを焼いたり、おつまみを作ってお酒を飲んだり、廉太郎の『鬼滅の刃』を読んだり、長編映画を三日かけて観たりした。

 

連休の最終日、ソファに寝っ転がってNetflixを観ていたら、子供たちが集まってきて、足元に廉太郎、お腹の上に朔太郎が乗っかってきた。

「ママ、すきー」と朔太郎が言い、「僕だってすきやで」と廉太郎が言う。

子供たちは、わたしがピリピリ働いているよりも、のんびり遊んでいるほうが嬉しそうだなと思った。

頑張って頑張って、その一方でわたしは何かを失っていたのかもしれない。

 

 

廉太郎が、「ママにこれあげる」と言って「ママ大すき」と書かれたダンボールをくれた。

「これ、盾になってんねん。ママいつもがんばっててすごいから、だからその印やねん」

わたしはその盾を眺めながら、果たして自分は何と闘っているのかな、と思った。

 

「諦めたところからスタートだよ」という友人の言葉が頭に響く。

欲しいもの全部手に入れられるほど、わたしはスーパーウーマンじゃない。

何かを得れば何かを失う。

だから、何を諦めて、何を諦めないでいるのか、ちゃんと見極めるのが大事なんだ。

 

その選択を間違わないようにしていたいなと思いながら、わたしは盾を大切に飾った。

 

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