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第68週 「のぼりうち」のこと | 青春狂走曲 / サニーデイ・サービス

「のぼりうち」というフリーペーパーがある。
大学時代に京都一乗寺にある恵文社で手に入れた。あのころはお金がなくて、本がなかなか買えなくて、家にパソコンもなかったし、それでも何か文章が読みたくて、フリーペーパーは見つけるたびに持って帰っていた。そのうちのひとつに「のぼりうち」があった。

 

読んですぐ、「なんて良いものを見つけてしまったんだろう」と打ち震えた。
うすい文庫サイズのホチキスどめのそれは、複数の執筆者のなんでもない日常が描かれた、とてもすばらしい随筆集だった。
「こういうのを読みたかった」というのと「こういうのをつくりたかった」というのの両方の気持ちがわいて、逡巡した結果、わたしは「のぼりうち」の方にメールをしたのだった。

 

メールには、「のぼりうち」を読んで感動したこと、そして自分もよかったらここで書かせてほしい、ということを書いた。
顔も名前も知らない大学生からいきなりそんなメールが届いて、きっと「のぼりうち」編集長は困っただろう。
返事が来て、そこには「このフリーペーパーに寄稿できるのは、登り内荘というアパートの住人のみなので、残念ですが」というようなことが書いてあった。ただ、そのあと編集長の佐々木さんとお茶をすることになった。佐々木さんは一善やというケーキ屋さんを指定し、そこに家族で現れた。双子の男の子たちは、まだほんの赤ん坊だった。
佐々木さんは
「土門さんは、名前からしてもっと強そうな人かと思ったけれど、そんなことないですね」
と言った。一善やのケーキはとてもおいしかった。食べ終わり、わたしはこれからガケ書房に行きます、と言ったら、じゃあ僕も行こう、と佐々木さんは言い、他のご家族と別れてガケ書房へと歩いた。少し申し訳なさそうだった。その様子を見ながら、多分本をたくさん買う人なのだろうなと思いそう聞くと、「そうです」と言った。
大学四年生のときだ。あのころはまだガケ書房があって、壁に車が突っ込んでいる建物があった。わたしは就職を控えていて、佐々木さんは今のわたしくらいの歳だった。

 

 

佐々木さんと再会したのは昨年である。鴨川で、子供たちを連れて遊んだ。赤ん坊だった双子の男の子はすっかり大きくなっていて、佐々木さんにそっくりな顔をしていた。佐々木さんは離婚していた。京都には、週に一度子供に会いにくるのだと言った。そのとき本を貸してくれた。わたしも何冊か貸した。それから、わたしたちは本友達になった。

 

佐々木さんは紙袋に本を入れて貸してくれる。「◯◯は読んだことがありますか」と聞かれ「ないです」と言うと、会う機会があるときに持ってきてくれる。一度、モーニングの本誌を貸してくれたことがあった。そこには付箋が貼られていて、ここを読め、ということなのだろうなと思い、読むと、めちゃくちゃ良い作品で、わたしは号泣してしまった。「この作者、これ以来作品出していないんですよね。プレッシャーでも感じているのかな」と佐々木さんは心配そうに言った。「なんでもいいから描いてほしいですね」とわたしも言った。
わたしは今、「よつばと!」と「放浪息子」を貸している。佐々木さんも気に入ってくれたようで、よかった。

 

 

「「のぼりうち」は夏休みみたいですよね」
と言うと、佐々木さんは「そうかもしれない」と言った。
せわしなく働く日常生活から、少し離れた場所に「のぼりうち」はある。そこは静かで、日陰ができていて、セミが鳴いている。やることはさしあたって何もなく、ひとりぼっちだ。そういう文章を読むと、自分が自分に戻り、人生を感じることができる気がする。

 

「のぼりうち」の新刊が出た、と言うので、びっくりしつつ、ぜひくださいと言った。10年とか、それくらいぶりじゃないだろうか。
週末にブックフェアがあり、そこにわたしは出版社として出店していたのだが、佐々木さんが現れ一冊置いていってくれた。それで、店番をしながら読んだ。

 

読んで、喉が苦しい、と思った。涙が出そうで出なくて、胸が痛い。
そこに書かれているのは、10年のあいだに「いろいろあった」大人たちの文章だった。10年前のあの夏休みみたいな空気のまま、苦み、悲しみ、切なさ、失ったもの、いろいろがじわりと染まりこんでいて、わたしは胸がへしゃげそうだった。
なんという文章なんだろう。わたしは両手に顔をうずめて、小さくうなった。「のぼりうち」の新刊は、とてもとても、すばらしかった。今はもう3人しか書いていないけれど、そのどれもすばらしい文章だった。

 

そうしたら登り内荘の元住人、小檜山さんが目の前に現れ、わたしは「あ!」と言った。
小檜山さんもそこに文章を書き、写真を載せている。
「小檜山さん、「のぼりうち」めちゃくちゃよかったです」
とわたしは感動をストレートに伝えた。そうすると小檜山さんは恥ずかしそうに笑って、「1冊ください」と、わたしの歌集を買ってくれた。

 

「ひとりひとりに、ひとつ短歌を贈っているんですが」と言うと、小檜山さんは「僕も書いてほしい」と言ったので、最後のページに短歌を書いた。

 

 

歳をとり様々な欲なくしてもエバーグリーンな歌をうたって

 

 

小檜山さんが「エバーグリーンってなんですか?」と聞いた。
わたしは「色褪せない青春みたいなものです」と答えた。

 

 

text by 土門蘭

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