音読

たぶん週刊ランラン子育て帖

どもんらんってどんな人?

2012年の1月、音読編集部のもとに赤ん坊が生まれました。名前はれんたろう。「にゃあ」というなき声がチャームポイントの男の子。新米ママ土門、今日も子育てがんばります。

廉太郎のよいところ

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このあいだ、夕飯が餃子だった。
「今日のごはん、なに?」
学童に迎えに行ったらいちばんにそう聞かれ
「餃子だよ」
と答えると、廉太郎は「よっしゃよっしゃー!」と喜んだ。
それで餃子を焼いてお皿に置いて出したら、そのときもまた「よっしゃよっしゃー!」と喜んだ。

 

「ねえママ、何個食べる?」
「ぼくはね、ぎょうざは最後に食べんねん。おいしいから。おいしいものは最後までのこす」
「ぎょうざうんめー、ポン酢なしでもうめえ」

 

とっくに食べ終えたわたしはお皿を洗いながら、
「早よ食べやー」
などと言っていたのだが、そんなことお構いなしにひっきりなしに喋り続ける廉太郎の声に、つい笑ってしまった。
そして水を止めて振り返り、
「ママ、今気づいたことがある」
と言った。

 

「なに?」
「廉太郎のよいところ」
「えっ、なになに?」

 

わたしは
「いっつも機嫌がいいところ」
と言った。
すると廉太郎は嬉しそうに笑って
「そうやで!」
と言った。

 

 

 

年末に、廉太郎の通う小学校で個人面談があった。
担任の先生はわたしと同い年くらいの女性の方だ。
わたしたちは子供たちの小さな椅子に座って、日頃の廉太郎の学校での様子について話をした。
先生いわく「友達とは仲良くやっている」「授業では積極的に発言をしている」とのこと。おそらくこれはよいところ。
また気をつけたい点としては「集中すると話が聞けなくなる」「集中すると姿勢が悪くなる(授業中椅子の上で正座するらしい)」「忘れ物が多い」ということをおっしゃっていて、それを聞いてわたしは、「夢中になるとそのほかがおざなりになるんですよね」と答えた。「家でもそうで、いっつも怒ってしまってます」と。
だけどそう答えながらも、小学生男児ってそういうもんなんじゃないのかなあとも思うのだった。
常にまわりのことを配慮しながら集中もでき、姿勢もきちんとして、忘れ物もしない小学生なんて、わたしは今まで会ったことがない。

 

そう思いながら教室を見渡してみると、机の横にぐちゃぐちゃに絡まった巾着袋をさげている子、床にシューズ袋がついて汚れてしまっている子、机に落書きしている子、いろんな子がいて、その中に廉太郎の机はあった。
その光景を見ながら、もし仮に自分の息子が完璧な子供だったとしたら、それはそれでわたしは、
「うちの子は子供らしさがなくて」
などと言うのだろうな、とふと思った。

 

最後に先生から、
「ほかに気になることはありますか?」
と聞かれた。
普段ならここで、廉太郎を育てる上で困っていることや悩んでいること(たとえば宿題をしないとか、好き嫌いが激しいとか)を言うのだろう。
でもそのときは、なんとなくもういいかなって思った。
さっき言われた「気をつけたいこと」全部、子供らしいと言えば子供らしい。
それがなくなっても文句を言うのであれば、きっと文句をつけるのはとても簡単だということなのだろう。
だから、逆に「よいところ」について先生と話したくなった。
多分こっちのほうがよっぽど難しいし、もしそうならば、こっちのほうが個人面談で議論すべきことなのではないだろうか。
それで、
「廉太郎って、先生から見て、どんなよいところがありますか?」
と聞いてみた。

 

先生にとっては意外な質問がかえってきたみたいで、「えっ」とちょっと驚いた顔をした。
「いえ、実はこの間、餃子を夕飯に出したんですけど」
わたしがそう言ってくだんの話をすると、先生はあははと笑って、
「本当にそうですよねえ。廉太郎くんは、いつも機嫌ようしてはります」
と、言った。

 

「わたしはいつも宿題やれとか早くご飯食べろとか言ってばかりで、そういう廉太郎のよいところに気付けていないのではないかなとふと思って。それで、先生から見た廉太郎のよいところがあれば、教えてほしくて」
そう言うと、先生は「たくさんありますよ」と言い、たくさん教えてくれた。
それを聞きながら、「廉太郎っていいところいっぱいあるな」と思った。
わたしが気づかないだけで、いっぱいある。
そしてそれらも、教えてもらおうと思えば教えてもらえる。

それができた個人面談は、わたしにとってすごく有意義な時間だった。

 

 

 

家に帰ってから廉太郎に、
「今日、先生から廉太郎のよいところを教えてもらってきた」
と言ってみた。
すると廉太郎は「え!」と顔を輝かせて、
「先生、なんて?」
と言った。

 

「まず、いつも機嫌がいいところ。これはママがこの間言ったことだけど、先生もそうだって言ってたよ」
「うんうん」
「それから、友達を褒めるのが上手だってこと。図工で友達が作った作品とかを、廉太郎はよく褒めるらしいね? 『これめっちゃええやん! かっこええやん!』とか言って」
「そやで、褒めるで」
「そうやって人の作品を褒めたあとに『僕もこれ、真似していい?』って言うんだって? 先生は、それはなかなかできないことですって言ってたよ。真似をすることは悪いことじゃなく、むしろすごくよいことだから、それをちゃんと口に出して言えて、実行できるのはすごいって」
「へえー」
「あとは、自分の好きなことについては、たくさん本を読んだりして、研究するところ」
「うんうん、恐竜とか、危険生物とかな」
「何かおもしろい発見があったら、すぐに人に教えてあげるところ」
「たくととか、みずこしさんとかにすぐ教えてあげるで」
「それからー」
「えっ、まだあるの?」
「あるよ。それから、読書感想文を書くのが上手って。本を読んで、自分がこの登場人物ならどうするかな?って考えている、とてもおもしろい読書感想文だったって、想像力があるってさ」
「へええー」

 

廉太郎はほっぺたを赤くさせながら、にこにこしていた。
「先生、そんなこと思ってくれてたんやな」
そして「なんだか、うれしいな」と言うのだった。

 

 

 

今日、廉太郎が7歳になった。
7年前の今日は雪が降っていて、すごく寒かった。
病室で、血とお乳の匂いのするまだふにゃふにゃの廉太郎を抱きながら、
「この子が元気に育ってくれたら、それだけでいい」
と思ったのを覚えている。

 

だけど大きくなるうちに、そんなことはすっかり忘れてしまって、やれ歩くのが遅いだの、夜泣きが多いだの、好き嫌いが多いだの、宿題をしないだの、いろいろなことにケチをつけるようになっていって、気づいたら怒ってばかりのお母さんになっていた。
そして時々ふと、あのときの願いはもう叶っているのにな、と思い出し、反省したりするのだ。

 

きのう1日早い誕生日会をしながら、廉太郎に
「もう7歳になるけど、どう?」
と聞いたら、
「大きくなれてうれしい」
と言っていた。

 

「背が伸びて、体重も重くなって、うれしいねん」

 

それを聞きながら、本当にそうだねって思った。

 

 

「この子が元気に育ってくれたら、それだけでいい」
そう思いながら必死にお乳をあげたり、おむつを替えたり、こわごわ抱っこしたり、そんなふうに夢中で子育てをしていた、若い母親だったわたしに教えてあげたい。

 

廉太郎は元気に、そしてよい子に、育っているよ。

 

 

 

お誕生日おめでとう。廉太郎は7歳になりました。

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